NOTバックスバニー! BUTロジャーラビット!!!!!!!!!!!!
〜パーリー文化の変遷を超WRAPPIN'しよう〜




カットケミストちゃんとSHADOWが7インチ対決で来日したパーリーで、Zトリップがニルヴァーナのスルメライカティーンスピリットをかけたくらいでウカれてはいけない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!みんな、「ジャンルにとらわれない」なんて気軽に言ってはいけないでふよ!!!!!!
そういうアンタがいちばんジャンルにこだわってんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!
今、ほんとにロックしてるパーリーが都内にどれだけあるでしょうか?
じつは80年代のディスコってクラブって今よりもっともっとロックしてたんだよ?
木村コウさんは、ハウス回したいのに無理矢理ファンクマスターゴーゴーに参加型してたんだって!ZOOのヒロくんはリカコに命令されてDADAで踊ってサーカスのキャプテンにしかられてたんだって!!!!その頃、高校生のリョージ君(RIPSLYME)は、アメリカンスクールでませてたイルマリくんにつれられてJ TRIP BARでがんがん踊ってたはず...

パーリーにでかける前に、今のパーリーたちがディスコ、クラブのどのような歴史の延長上にあるのか考えてみよう!!!!!!!
今回は、東京の数々のパーリーでロックしていらっしゃった3人の方にお話を伺いました。みなさん正座して聞きましょう!!!!

※ただ今、試験運転宙でふ。すなわち、お話を伺った方に原稿チェックしてもらってないので個人名とか超間違えてたらBBSなどで御指摘ください〜
 
 

AISAさん:10代からツバキハウスなどで部活し、文化(NIGOの1コ上!!)→マッチのスタイリストアシスタントなど超お仕事をしつつ、毎晩ZOOさんにおっかけまわされるなど数々の伝説を残すスーパーガール(以下、A)

Tメンバー:やはりAISAさんと同じく10代からツバキなどで部活。アパレルお仕事でAISAさんと出会い、ファンキーオリキ道で共に伝説をつくる。(以下、T)

Tメンバーのだんなさま:トゥーリアで人身事故があったとき、ちょうどホイチョイ感覚大学生スキー旅行の帰り道だったというすてきな方。(以下、D)

聞き手:ピンポン(トゥーリアで事故があったとき、のんきに光GENJIのふりつけをおぼえていた。 っつうか一番ジャンル分けの柵の中でこりかたまってる人。っつうか無知ですみません...)
 
 
 
 
 
 

D「マハラジャなくなったのいつ?」

A「いつの魔にかなくなってた!」

------いつくらいに行かれてたんですか..っつうか行ってらっしゃったんですか?

A「行ってましたよ!」

T「私はあんまりオオバコは行ってなかった..」

A「今から...20年くらい前?!?」

------そんなんじゃ、AISAさんまだ中学生とかじゃないっすか!!

A「でも中2くらいから(パーリーには)行ってるからね〜」

D「マハラジャができたのは85年くらいだから、もう15年くらい前ですよ。ちょうど自分が大学生だったときに絶頂だったんすよ..。横浜のことをハマラジャって呼んでたりして(笑)」

T「なははは〜」

D「トゥーリアで(シャンデリアが)落っこちてきて人が死んだのが87年くらいだから」

-------あ〜!!でた!!!!!!!!!

T「あのとき、私は絶対死んだっていわれていたので...」

A「アハハハハハ!あの店、トシちゃんもいたの知ってる?

-------え?!?!?!

D「浅野ゆう子もいたんだよ」

A「そうそう。落こった日ね!そのとき私は京都にいてさ〜。京都のマハラジャのお立ち台がくるくる回るやつが、(トゥーリアの事故で)落こったために中止になっちゃって〜。『なんだよ、今日まわんないの〜?え、回んなくなっちゃったの〜?』とかいってて(笑)

一同「なははははは〜!!!!」

D「そんとき、俺はスキーにいってて(←うおお!!私をスキーに連れてってbyホイチョイ感覚!!)帰りのバスの中でその事件のこと聞いて。」

--------それは誰かがしくんだんじゃなくて、事故だったんすか?

A「ほんとに事故だったのよ。」

T「バリライト(?)っていう、ピカピカピカピカッってなるライトが、当時最新マシーンだったのよね..。それでそのやぐらが甘くてズドーンッて落こってきちゃって..。ひとがひとり死んだんだよね。」

D「1トン!」

---------イットン!!!!!!!!

D 「女の子がひとり死んだんだよね。血の海で....。こともあろうに、その日に初めて来た女の子だったんだよね〜」

T「早い時間だったから、だれも来てなかったのよね。」

---------もしも夜中3時とかだったら大変でしたね..

A「どうする?ケイジくんとかが死んでたら?」

T「泣くぅ〜!!!悲しみにうちひしがれて」

A「野口つよし(?)とかが死ねばよかったのよね〜」

T「そう!そのへんの変な人たちが死んでしまえばよかったのに...。スタイリストで有名な人で」

A「あの人もファンクマスターゴーゴーだった?」

T「ちがう。いなかったよ」

A「ファンクマスターゴーゴーってメンバーは誰だったの?」

T「佐々木じゅんちゃんと〜、松田けいじくんと〜、角松こういちくんっていう人と、木村コウくんと、あと誰だっけ...いじまかずおさんという人と、小林径と、そんなもんかな〜。6人くらい。」

--------え、それは何のチームだったんですか?

T「なんだったんだろう..(笑)あのね〜、ラップ?ラップをしながら〜(笑)踊る、みたいな(笑)」

A「踊りがなんかさ〜、こういう...」

------ギャハハハハハ!!!!!!!!!!!!!

T「それを、今Vシネマで活躍中の松田けいじくんが...」

A「キッチンに出てた子よ。川原あやこの相手役ででてた子。ほんとにVシネで活躍してるのか?こないだ東横線でヒロコさんがあったんでしょ?」

T「そう!!!すぐヒロコさんから速報メールが1行で入ってきて(笑)。けっこう(当時)追っかけまくってたんですよ。で、けいじくんは当時リカコとつきあってて...。」

--------へえ〜!すげ〜!!!!!!(時代を感じます念〜泣)
 

T「DJがうしろにいて、マイクをもって、ラップして、踊るのはこういちくんとけいじくんで〜。背が高くてスタイルよかったんで〜(ニコニコ)。あとの人たちはDJって感じだったのかな〜。コウくんはその頃からハウスが好きだったから、あんまりまざりたくなかったんだろうけど(笑)

A「『お前、かわいいベビーフェイスだから入れよ〜』みたいな(笑)」

-------なはは〜!!主にどんなところでライブやってたんすか?

T「さっきのトゥーリアでやってたから、その人たちがでるときは、私達も見にいってて〜」

A「あんた!ファンクマスターゴーゴーのTシャツどうしたのよっ」

T「あ〜、今度持ってくるね!..なんて(笑)..実は見つけたんだけど、あまりにも..(笑)。黒のカットソーなんだけど、しらっちゃけちゃって。ちょっと着るのがはずかしくって...」

A「どうしても、着れないのね〜」

T「だって、バ〜イ タケオキクチって書いてあるんだ悶(笑)!おほほほ〜」

A「ステキ〜(笑)!!!!!」

K「タケオキクチってどうなっちゃったの?今。」

A「今もあるよ。」

T「時計とかあるよね。ライセンスしてるのかな〜。」

A「そうじゃない?今はライセンスで食ってるんじゃないの?生きてんの?」

T「一時エイズ説が流れたけど(笑)」

A「ウソッ!」

T「血を全部入れ替えてるとかいう噂が...」

一同 アハハハハハ

T「ファンクマスターゴーゴーがよくやってたのは、渋谷のジェートリ(J TRIP BAR)と〜、トゥーリアとぉ〜、あと、第3倉庫っていうのがあって」

A「(ピンポンなんて第3倉庫を)知らないでしょ〜?」

------え?不免許でやってた感じっすか?

T「いやいやいや(笑)花園神社のところにあった、今WIREって名前になってるところの。」

A「え?ミロスガレージではないの?」

T「それ、すっごい昔ッス!!!!」

A「!!!!!!!! まじっすか!勉強になったッス(笑) 第3倉庫っていうのは、火の玉(那覇のクラブ「火の玉ホール」)みたいなところよ。」

T「ボイラー室みたいなトビラを開けて地下をちょろちょろって入っていくと..」

A「中がまっくら!クラブになってて。じゃあ、ロンドンナイトって今そこでやってんの?」

------え?ロンドンナイトって今も定期的にやってるんすか?

T「そうじゃないの?大貫憲章20周年!とかいってたし」

A「あれだけおんなじ曲をかけ続ける人も珍しい!!!!!!

T「すごい太っちゃったよね〜。もう開き直ってるってゆうか..」

A「死ぬんじゃない??もうそろそろ」

T「まあ、ファンクマスターゴーゴーの頃は、88年くらい?かなり後期だよね」

A「ちょうど、ブラックブームが来るちょっと前って感じじゃない?」

T「あ〜、そんな感じだね〜!!!!!」

A「世の中、マハラジャが流行ってた頃だよね!」

------HIPHOPが本格的に入ってくる直前ってことですか...

A「もう、渋谷にヒップホップってお店もあったよね。」

-------!!!!!!!! それってYUTAKAさんのお店ですよね、きゃ〜!!!!そのお店には、みなさんはあまり行かれない感じでしたか?

T「いや、2、3回行ったことあるよ。」

-------え''〜!?!?!?!?!?!?!?

T「そのころは、MIDのアキラくん..」

A「エム、アイ ディ〜(苦笑)...!!!!!!!」

T「MIDってなんだったっけね、DJチームあったでしょ?」

A「キャハハハハハッ!!!!!エムアイディー!!!!!!!!エム、アイ、ディー!!!!CRAZY-Aとかいたよね〜!!!!!!!!!」

T「アキラくんっていう子がいて..」

A「そうれがCRAZY-Aだってば!」

-----え〜!!!!!アキラさん!!!!!!

T「DJアキラがやるとか聞いて行ったのよね〜。あとLA YUTAKAとかいって...。YUTAKAが来日だか、これから行くよ、だか、一時帰国だかで一緒に回すとかっていう日にいったことがあるんですよ。でも私はアキラくんが見たかっただけだから、アキラくんがおわるとYUTAKA見ないで帰っちゃったりして(笑)

A「MIDってさぁ、サムもいたって知ってた?」

T「え''〜!?!?!?!?!?MIDって単純にDJのチームじゃん?」

A「なんか、ダンサーもいたみたいよ!変なホームページを最近見つけて、『元MIDのサムが』って書いてあった!」

T「私はだから、生YUTAKAさんを見たことがなくって、ひたすらこのテープ(FM横浜のYUTAKAミックスショーをTメンバーさんがエアチェックした劇レアテープ。会議中ずっとBGMとして活&躍!!!!!!!!!)を聞いてたんですよ〜。なんか...平成元年とかそういう...あははは(苦笑)」

K「丸井が(YUTAKAの番組を)やってたんだよね〜」

T「そうそう!『トウェニーフォークラ〜ブ』とかいってて(笑)丸井のヤング館のこと、『マリーのヤカンはどこにある?』とかいってて〜。番組名は『YUTAKAなんとかハウス』とかいって、ハウスとヒップホップが混在してて。」

-----おお!!!イイ時代!すばらしい時代!

T「今はセグメントがはっきりしてるから....。YUTAKAがハウスなんて今考えるとおかしいでしょ?当時はいろいろオーバークロスしてシンクロしてたから、変なことになってましたね〜。このテープも今のYUTAKAにしてみれば、R&Bっぽいでしょ。今より境界線がゆるめだったかな..」

A「境界線か...。いつからこんな境界線ができちゃったのかしらっ!!!!!!!」

-------ほんとっすよ(泣)!!!!!

T「それこそ、『オールジャンル』だったんだから(笑)」

-------え?「オールジャンルの日」というのがあったんですか?

A「ちがうちがう。『オールジャンルの日』じゃなくて、ぜ〜んぶがオールジャンルで、その中に『HIPHOPの日』とかがあったのよ」

------ぬおおお!!!!号泣!!!!!!!!!!!!!!!!!

A「だって、昔はさあ、クール&ザギャングがかかったあとにさあ、ロボットとかかかってたよね」

T「そうそう。だから(フロアに)出たりひっこんだり出たりひっこんだり、激しかったのよ

A「そうよ。『あ、休憩ね』とか」

T「今はほんと、セグメンテーションがはげしすぎます!」

------そうだそうだ!!!今の若者にいってやってくださいよっ!!!!!!!

A「だから、今ヒップホップのイベントにいくと、禅問答聞いてるみたいでツライもん」

T「なに?ひたすらライムライムって感じ?ヒップホップってどんどん怖くなってる気がする...いま、どんななんですか?」

------今は、ヒップホップも細かくわかれちゃって、怖いやつと、ふざけてるやつと...真剣にやってるやつになって..

T「エエ??真剣なのってなに?」

A「話変わるけど、この曲なつかしくない?フーッって」

T「アイちゃんやってたじゃないの、バックスバニーだっけ?

A「ちがうよ!ロジャーラビットでしょ〜(笑)

一同爆笑

T「そうそう、それでダンスバトルをくり広げてましたよ、AISAさんは」

A「ニュージャックスウィングなのよ〜。その前は、ダンスの上手い人と下手な人の差が激しかったけど、ニュージャックてさ、ちょっと練習すると一般人でもかっこよく踊れるのね〜。だから流行っちゃったのよ!」

T「みんな練習してたよね。アハハハハ」

A「早い時間のいくとダンサーがいるからさ、ちょっと込んできたくらいからコッソリ練習してさ。ドゥルッピーとか9時くらいにいくとがらがらで、ダンサーの子たちがくりひろげてたよ。(←こんなかにRIP SLYMEのリョージくんとかいたんだよな〜きっと!!!!!!)私は荷物をおいて『じゃあ、外出してきま〜す』とかいって他のところにいっちゃうんだけど。で、2時くらいに戻ってくるとコミコミになっておもしろい時間帯になってた」

T「ZOOの子もいたのかな〜」

A「いたよ、そこらへんに、ドントコと。でも、まあサーカスが下火になってきた頃じゃない、ドゥルッピーは。もともとクラブ風で。サーカスはディスコっぽかったけど。」

--------徐々にディスコからクラブのりになっていったんすか?

A「ちょうど、サーカスっていうのが、ヒップホップっていうかブラックしかかけない!っていうことで行ったんだけど、スタッフがマハラジャの人たちだったわけ。で、入ると右側がVIP。でも、そこのVIPはお金を払えば入れてもらえるVIPなんだけどね。で左側がフロアだったの。VIPがあること自体がまだディスコっぽい。」

-------それまでは、ブラック専門とかじゃなかったんすか?

A「それまでは、ロックもかかればブラックもかかるし、ハウスっぽいのもかかるって感じだったのよ。そっから今みたいにジャンルがわかれちゃったのよ。それで、ZOOにいたヒロちゃんと斉藤君がサーカスで働いてたわけ。で、DADAに出たからっていって、私がちょうど行ったときにキャプテンみたいな人に『なんで、勝手にテレビ出たんだ!サーカスの制服着て』って怒られてて(笑)『いや、そんなつもりじゃなかったんだ。リカコが踊れっていうから』とか言い訳してて。
 

一同「アハハハハッ」

A「それからふたりはサーカスやめて、おもいっきりZOOに入ってたから。ま、正解だけど。ドゥルッピーには風見慎吾のうしろでブレイクダンス踊ってたタケダさんって人が。」

-------当時、風見さんがやりたい!っていって人を集めたんでしょうか?

A「いや、詳しく知らないけど..っつうか、タケダさんにその話しちゃだめだから。言うと怒るからって、禁句なのよ。タケダさんは普通の従業員だったのよ。年もくってたんだけどすごいかっこよくって〜。」

T「その位のクラスの芸能人だった人って多いよね〜(笑)」

A「(テープを聞いて)なつかしい〜この曲!バズで聞いた!」

------バズって?クラブですか?

T「六本木スクエアビルっているディスコビルがありまして。ビル全体がディスコで」

-------ええ''?!?!?!?!?!?!?!?!?

A「そこにRINGもあったのよ。その前がサーカスだったの。ビルの一番上ね。その昔はネオジャパネスク(笑)その前はスタワンとかさ」

T「ワンフロアずつ違うディスコがあって。何階立てだっけ」

A「10階立て!!!!!!!」

---------全店、ジャンルがちがったんすか?

A「あそこはどういう人が集まる、とか。人種でわかれてた。一番もりあがってたのは、タマツバだよね。」

T「タマツバ、一番下だったよね」

A「そうそう、地下。ツバキハウスの大人バージョン。ツバキボールっていってて。で、3階がギゼ。ネペンタが7階。」

T「よくできてたよね。防音もしっかりしてて他のフロアの『ドンドンッ』とか聞こえなかったし。まあ、ビルだからどこも小さかったけど。」

------行き来自由だったんすか?

A「ぜんぜん!(ダメ)おしゃれっこはタマツバにいく!とか大学生はギゼにいく!とか。黒人好きはネペンタにいくとか〜。」

T「それくらいのセグメントはあったかな〜」

-----そんなビルがあったとは...信じられない!!!!

T「エレベーターボーイがバックス(?)みたいなカッコしてて。」

A「知ってる?ATOMさんの弟子の人って昔エレベーターボーイやってたとかって

T「すごいサクセスストーリーじゃない!」

A「アキラくんよ。ナバーナのアキラ。エレベーターボーイだったんだけど、スタワンだかフーフーにいたATOMさんに弟子入りしたんだって。それでいっしょにキサナにいってどんどん出世したんだって。2階があやしくなかった?金の葉っぱがあってさ!熱帯系のインテリアでさ(笑)」

------ディスコっていっても小さいのもあったってわけですか...ディスコっていうと大きいハコを想像してしまうんすが..

A「ちがうよ!小さいのがいっぱいあって。オオバコはエリアくらいかな。」

-------????? 今のクラブっていってるのとディスコはどう違ったってことでしょうか..????

A「クラブっていうのは、ヒップホップ、ハウスってジャンルがわかれてるでしょ。でもその頃のディスコっていうのは、全米トップ10もかかるし。」

T「ジャーニーとかもかかっちゃうっていう(笑)そういうのがかっこわるいみたいになって、なんていうんですか、ニューウェイブ?トーキングヘッズとか」

A「それはちょっと古いんじゃないっすか?(笑)ニューウェイブ系がかかるっていうのは、やっぱツバキ系だったのかな。」

T「あと、ニューオーダーとか。当時はあそこらへんがニューウェイブで〜。」

------トンガリキッズはニューオーダー!?

T「そうそう...トンガリキッズって言葉、なつかしいね〜(泣)クラブっていうとピカソかな。昔っからクラブっぽくって。」

A「そうだね。ピカソ。よく考えると、ツバキってクラブっぽかったのかな。曜日ごとに別れて。その前はオールジャンルだったけど。途中からおかしくなってきたよね」

T「ヘビメタナイトとか!!!!!!!!!」

A「あった、あった!!!!!!!!!!!!!日曜日!」

T「ホウキとか(爆笑)」

A「お手製の木で作ったギターとか持って」

T「紙で作ったギタ−とか(笑)!」(←オレたちが段ボールで作った巨大ラジカセもってラジ魔いったのといっしょ!!!!!?)

--------ええ?本物もっていけばいいじゃないんすか...

A「ほんものはダメなのよっ」

T「生音出しちゃいけないから、丸い???とかを、ドラムにみたてたり」
 

A「DJは、伊藤政則さんだったっけ」

T「各ジャンルごとにすごいとこまでいき尽くしちゃってた。バンド名前がそれぞれミッシェルとか。架空のバンドがあって。」

-----はああ?気がふれてるとしか思えない...

A「そうそう。文化に入学した頃、クラスで自己紹介するとき『いつも、火曜はツバキいってます!』なんていう子の後に、『私は、ツバキのヘビメタナイトにいってま〜す!』って言う子がいたりして、やっぱりそういう感じのカッコで。『木のギター持ってるんですか?』って聞くと、『もちろん持ってマス!!!』とかって(笑)そうかと思えばローラーやってる子もいたし....」

A「ホコ天で踊ってるんですか?って聞くと『ハイッ!コニーって呼んでください!』って」

----------ぐあ〜!!!(こんときDJ KRUSHさんもホコ天にいたんだよな〜泣)

T「みんな外人名前もってんたよね(笑)みんなものすごい服装で通ってたじゃん..」
 
 
 

つづく!!!!!!!!!

[NEXT]



 
 

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